父は長い長い旅路の末に、村へと帰ってきた。
しかしその姿はボロボロで、眼はほとんど見えておらず、歩くことすらままならず仲間に支えられてやっとだった。
父は生きて、見事その使命をやり遂げたのだ。
私は父の元へと駆け寄ると、弱々しくなった身体をきつく抱きしめた。
今日は私の結婚式だった。
父が旅立って数年後、私は村の戦士の元に嫁ぐ事になった。
父には見せる事はなかっただろうと思っていたその姿を、今こうして見せることが出来る。
もう碌に見えていないその瞳だが、私の姿を目に焼き付けようと、じっとこちらを見つめていた。
私は父に近寄ると、傷だらけの手を取った。
ボロボロで、細くなった手。あの逞しかった頃の父の手は、もう見る影もないが、私の頭を撫でて、抱きしめてくれた優しい手はまだ残っていた。
涙が出そうだった。だけど私は父の前で、精一杯に笑って見せた。
幸せだった、と。
ありがとう、と。
そんな父からは、言葉は無かった。
ただ穏やかに、私に微笑み返してくれた。
綺麗だ、と。幸せにな、と。そう言ってくれている様な気がした。
その日の夜、父は静かに息を引き取った。
父の葬儀は村中総出で、派手やかに行われた。
英雄の墓は、村の丘の上に作られた。
血の繋がりが無いのに、私を愛し、そして最後まで彼は私の”父”だった。
あの日旅立ちの時、私は泣かなかった。
泣いてしまうと、父の覚悟と決意に傷つけてしまうような気がした。
だから私は、泣かずまいと裾を握りしめて堪えた。
今日の日の旅立ちも、そうしようと思った。
だけど、気付くと涙が零れてしまっていた。
堪えようとすればするほど、涙が溢れ出てしまう。
抑えていた感情が、嗚咽と一緒に出てしまう。
私は、父の墓の前で泣き崩れてしまった。
父の顔を見ることも、声を聞くことも、頭を撫でてもらうことも、抱きしめて貰うことも、もう永遠にない。
私はもう、あなたの元へ帰ることは出来ません。
だからこそ…
ああ、だからこそ…
「あなたの来世が、どうか健やかなものでありますように」
前回:どうか健やかであれ
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