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帰省中好きな人にばったり会ってしまった話

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冷えた空気が頬を刺すような年末の夜、実家へ帰省した俺は夜道を歩いていた。大学生活の喧騒から離れ、ただこの静寂を楽しむつもりだった。街灯がぼんやりと照らす路地を抜けると、どこからか香ばしい匂いが漂ってくる。それに続いて、聞こえてきたのは袋を揺らすシャリシャリという音。 前方から現れたのは片手にコンビニの袋を提げた女性だった。袋の中にはスナック菓子とジュースがぎっしり詰まっていて、もう片方にはホットスナック。スポーツウェア姿でフランクフルトを齧るぽっちゃり体型の女性。それがどこか不思議なアンバランスさを醸し出していた。満足そうな表情でホットスナックを頬張るその姿があまりにも愛らしく、思わずこちらの口元まで緩んでしまう。 その瞬間、胸の奥にどこか懐かしい記憶が蘇る。中学時代、同じクラスだった彼女を俺は忘れられなかった。 「オタク君、見て見て!すごいでしょ!」 陸上部のエースだった椎名から会うたびに割れた腹筋を誇らしげに見せつけられていた。でも、それ以上に無邪気な表情ばかりが思い起こされる。皆の人気者で学内のアイドル的存在で、快活で、笑顔が眩しくて、俺のような内気な少年が手を伸ばせるような存在ではなかった。ひそかに恋心を抱きつつも、仲良くなる勇気なんてなかった。 そんな彼女が今目の前にいる。ふと、彼女と目が合った。気づかれたと動揺する間もなく、彼女は近づいてきた。 「違うから!これ、みんなで食べる分だから!私一人で食べるわけじゃないから!」 慌てた様子の彼女の声に胸の奥が不意に温かくなる。その仕草や声、どこを取っても間違いなく椎名だ。 「椎名……だよな?」 「え、もしかして……オタク君?」 自然と足を止め、改めて互いを見つめ合った。彼女は少し恥ずかしそうに笑い、当時と変わらない無邪気な輝きを見せる。 「久しぶりだね。よかったら少し話さない?」 立ち話では足りず近くの公園へ足を運んだ。ベンチに腰を下ろし、吐息が白く夜空に溶けていく中、椎名は過去の話を始めた。 「実はね、高校二年のとき膝を痛めちゃってさ。手術まではいかなかったんだけど、激しい運動ができなくなって、それで部活も引退したの」 「そうだったんだ……それは辛かったろうな」 彼女の瞳に影が落ちた。 「正直、悔しかった。陸上が人生のすべてだったのに、一気に道が断たれた気がしてさ。それで……暴飲暴食しちゃって、この通り」 椎名は苦笑いを浮かべて自分のお腹をぽんと叩く。その音がやけに耳に残った。 「もうすぐ成人式だしさ…………好きな人に幻滅されたくなくてダイエット始めたんだよね。でも誘惑に負けちゃって、今日もつい買い食いしちゃった」 好きな人。その言葉が胸を刺す。 「それでね、お願いなんだけど……ダイエットに協力してくれない?」 「……好きな人、いるんだね」 彼女が俯きながら頷くのを見て、息を飲んだ。その事実を知り、胸の奥がちくりと痛む。だが、同時に決意した。 ――昔も今も、俺は彼女が好きだ。 だからこそ、気持ちが軽くなりただこの想いだけを素直に伝えようと思えた。 「……その前に、ちょっと聞いてほしいんだけど」 彼女が不思議そうな顔をするも、視線を逸らさずに続ける。 「俺、昔も今も椎名のことがずっと好きだ」 告げた瞬間、静寂が訪れた。椎名の表情が変わる。驚きと困惑、そして何か温かいものが入り混じった表情。それを見た俺は慌てて言葉を付け足す。 「返事はいらない。ダイエットだってもちろん付き合うよ。ただ、これだけは言いたかったんだ」 椎名は一瞬だけ俯き、そして顔を上げた。その頬は赤く染まっていた。 「……やっぱり、ダイエットやめようかな」 「え?」 「いや、諦めるってわけじゃなくて、その人ならこのままの私でも受け入れてくれる気がして……なんか、勇気出ちゃった」 椎名は笑う。その笑顔は昔と何も変わらない、でもどこか新たな輝きが宿っていた。 「その恋、実るといいな」 そう口にした俺の言葉は、思ったよりも優しく響いた。 「ねえ、連絡先教えてくれない?成人式までに、いろいろ相談したいし」 俺は頷きながらスマホを取り出した。ほんの少し先の未来でその真意に気付くことになるのだが、それはまた別の話。

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