誰もが彼女の輝かしい未来を疑わなかった。均整の取れたスタイルと研ぎ澄まされた凛とした佇まい。その姿は可憐で神々しく、雑誌やテレビに映るたびに多くの者を釘付けにした。
しかしその賞賛は彼女を蝕み、いつしか抑えきれないほど膨らんでいった。日々繰り返される撮影、強い照明にさらされる肌、眠る間も惜しむほどのスケジュール。どこに行っても煌びやかな衣装を身にまとい、憧れの象徴としての立場を強いられた。そうして彼女の心に刻まれたものは、耐えがたい孤独と疲労感だけであった。
やがて、彼女の体はその心の悲鳴に共鳴し始めた。仕事終わりの暴飲暴食、撮影の合間に差し出されるスイーツの誘惑――それは彼女にとって一時の安らぎであり、心と体の飢えを満たすものであった。無意識に食べ物へ手を伸ばす自分に気づいた瞬間、彼女は震えた。「止めなければ、痩せていなければ、これ以上食べてはいけない」そう思っても、彼女の手はその制御を失い、次第に身体は丸みを帯びていった。罪悪感が募るたびに、ストレスはさらに増し、それを慰めるようにまた食べてしまう。そんな悪循環が続いていた。
そしてその変化は彼女を容赦なく絶望へと誘った。契約解除。その知らせは、冷たい夜風のように彼女の心を攫っていった。かつては称賛と羨望の目で見られていた彼女の姿は、いつしか「商品価値を失った存在」へと変わってしまった。鏡に映る自分の姿に一切の自信はなく、世間の批判に押しつぶされそうな日々が続いた。
それがさらなるストレスを彼女にもたらし、食べることをやめられなくなった。その自傷行為は心の痛みを一時的に和らげることのできる唯一の鎮痛剤。冷蔵庫の前に立ち、手当たり次第に頬張っていく。その手を邪魔するものはもはや誰もいない。スナック菓子、チョコレート、アイスクリーム――その甘さは、ほんのひとときだけでも彼女に安堵を与えた。しかし、一度手を出してしまえば抑えきれない衝動と罪悪感が交互に襲いかかる。重くなっていく身体、それでも止まらない食への渇望。それが失ったものを埋める唯一の方法であるかのように、彼女はただ虚ろな目で食べ続けていた。
「何をやっているんだろう、私……」
そうしていつも、その場で崩れ落ちるようにしゃがみ込み、我に返り呟く。呆然と自分の手元に散らばる包装を見つめながら、心の奥からわき上がる後悔と虚しさに、ただ独り失望していた。罪悪感と失意に囚われながら、ただ無為に日々を過ごしていた。鏡に映る自分が誰なのか日に日に分からなくなっていく。かつての自分がそこに映ることはもうないのだと理解していても、それを受け入れることはできなかった。輝かしい過去と無力な現在とが心の中でせめぎ合い、まるで底の見えない沼に引きずり込まれているようだった。
そんなある日、携帯電話に一通のメールが届いた。そこには「プラスサイズモデル」としてのオーディションの案内が記されていた。「痩せていなければ価値がない」と信じ込んでいた過去の自分が知ったら、笑ってしまいそうな話だ。だが、今の彼女にはもう選択肢は残されていなかった。彼女は生活のため二つ返事でその誘いを受けた。もう失うものなど何もないと諦めにも似た覚悟で、会場に足を運んだ。
撮影当日、彼女は不安と共に現場に向かった。どうせ誰も私に期待していないのだと。だが、予想とは裏腹にそこで待ち受けていたのは驚くほど温かい世界だった。スタッフは彼女の身体を「豊かで美しい」と称賛し、光を捉えるようにシャッターを切り続けた。信じられなかった。「こんな私が、価値ある存在なのだろうか?」その疑念は撮影が進むごとに少しずつ、胸の奥底で解けていくようだった。
何度も「スリムであること」「完璧であること」に縛られてきた過去。だが、自分の存在はこのままで十分だと認められる喜びが、胸を温かく満たしていった。これまでの全ての苦しみと孤独は、もしかするとこの居場所にたどり着くためだったのかもしれないとさえ感じ始めていた。
そんな彼女は今もプラスサイズモデルとして活動を続けている。かつてのように人の視線を恐れ、価値を他人の評価に委ねていた頃の自分は、もうどこか遠くの存在になっていた。
空は澄み渡り、紅葉がひらひらと舞い落ちる。その光景に包まれながら、彼女はカメラの前で自然と微笑んでいた。かつてのような、作り上げられた「理想」の笑顔ではない。今ここにあるのは自分を受け入れ、真の自分らしさを取り戻した一人の女性の笑顔だ。
ふと息を吐きながら彼女は、昔の自分にそっと別れを告げた。もう過去の呪縛に苦しむことはない。彼女はただ、明日に笑いかけていた。